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通りすがり

 投稿者:novus_amor  投稿日:2016年 7月23日(土)00時20分16秒
  ヴィスコンティばかりがもてはやされています。
なぜパゾリーニが出てこないのでしょうか。

https://twitter.com/AmorNovus

 
 

Fチッティさん、訃報でございます~

 投稿者:ギロでございます~  投稿日:2016年 1月29日(金)21時47分41秒
  imdbによりますと、パゾリーニ俳優のフランコチッティさんが今月1/14に
80歳でお亡くなりになりました~
パゾとともに映画人生をスタートした「アッカットーネ」のヒモ男、
出自の謎に悩む青年王オイディプスを演じた「アポロンの地獄」、
火刑場で炙りモチを売るお茶目な悪魔に扮した「カンタベリー物語」など
数々の名演を残してくれました。
「ゴッドファーザー」ではシチリアに逃げたマイケルのボディーガード役も
やった彼ですが、晩年は病に侵され不遇の歳月を送り、友人知人たちが
チッティ募金なるものを興して救いの手を差し伸べていました。
謹んでご冥福をお祈りいたします~

http://www005.upp.so-net.ne.jp/guillo/pppstudy/pslntop.htm

 

Mさん、ありがとうございます

 投稿者:ギロでございます~  投稿日:2015年 9月 2日(水)00時18分30秒
  Мさん、ありがとうございます。
拙宅サイトはもう10年もほったらかしでありまして、すいません。
これをやっていた頃はYOUTUBEなどこの世に存在せず、PPP情報も数えるほどしか
手に入らなかったもので、今となっては隔世の感があります~
モラヴィアの弔辞は本当に胸を打ちますね。終生にわたるPPPのよき理解者でした。
敵も多かったけれど、マライーニなど、大の親友にも恵まれたのだろうと思います。
お礼になるか分かりませんが、わたしの大好きな「10分で見るマンマローマ」という
可愛らしい短編がありますのでリンクに入れました。
まだご覧になってなかったらお試しください。

https://www.youtube.com/watch?v=zv6KsVHQSKc&feature=results_main&playnext=1&list=PLE7C8A58A51AF49B0

 

はじめまして

 投稿者:M  投稿日:2015年 8月 2日(日)22時17分34秒
  Pasolini関連の日本語のサイトをめぐっていて、ここにたどり着きました。
密度の濃いサイトで、ゆっくり読ませていただくことにします。

「パゾリーニ その生涯:晩年、死、その後」の中に出てきたモラヴィアの弔辞、当時の映像音声が残っていますので、ここにリンクを貼り付けたいと思いました。https://www.youtube.com/watch?v=UZPCmfgZSRs
モラヴィアの弔辞、「パゾリーニは詩人であった。詩人っつうのは、めったやたらに湧いてくるもんじゃない。一世紀にひとりかふたりだ。」のくだり、怒りに満ちたことば、何度聴いても心を打たれます。

それからダーチャ・マライーニのインタビューも面白かったです。
父上の父はフォスコ・マライーニが残してくれたアイヌ文化関連のコレクションはいまでも私のよく行く、家の近くにある民俗学博物館の小さな一室で眺めることができます。
 

子供、大人

 投稿者:村上わさびー  投稿日:2015年 5月31日(日)15時35分34秒
  えー、昨日、大阪・天王寺とミナミに行ってきました。大阪に行ってきましたと言ったのは私が大阪府の枚方市に住んでいるというより街の中心地から遠く離れた田舎も田舎、厳密に言えば交野方面の私市(きさいち)という場所あたりに居を構えていることになるからです。ま、わかりやすく言うと奈良から大阪に遊びに行ったようなもんですかね。

大阪まで愛車のバイクでひとっ飛びやわ。ブロロロロ~~~ン!!(●⌒∇⌒●)

さて、どこに行ってきたかと言うと大阪市立美術館に浮世絵展を見に行ったのです。
・・・なんか細かい評論とかは苦手なので省きますが、ものすごく感動的で迫力がありました。
ここはほとんどが美人画だったんだけど、なかでもパースペクティブな遠近画法で描かれた一品があったのですが、いやぁ、見応えがあったですよ。その後、難波、いわゆるミナミの駐輪所にバイクで向かうのですが、天王寺から難波に向かう間に通る大阪一の電気街、でんでんタウンをスペースバイクで駆け抜ける村上君は現代版サイバーパンクAKIRAの主人公さながらです。

で、難波に着くと上方浮世絵館という場所に行きました。ここの浮世絵は歌舞伎がメインで、市川団十郎、尾上菊五郎の浮世絵が飾ってあって、ものすごくかっこよくてセクシーで歴史を感じるものでした。あまりにも興奮して館内の休憩所お座敷に置いてあった画集20冊ほどを、「すげー、こんなの今までしらなかったぞ、ファビュラス~」とおたけびを上げながら読破してやりました。よっ 高麗屋!

で、館を出ると、そこは法善寺横丁、あの織田信長の血をひいているという伝説もある大阪の作家、織田作之助のまちです。しっかり法善寺でお賽銭しときませんとね。
なーむーす~( ̄人 ̄)帰りにH&MとFOREVER21に寄ったんですが、良い服がありませんでした。地元のほうが安くてオシャレなんあるわい、と思いました。それから日本橋、おたロードの方に向かいアニメイトに寄りました。客層を見ると、オタッキーな人ばかりでなくイケイケ系の人もけっこういたので、時代は変わったなあと思います。

さて、そろそろ本題に入りたいと思いますが、その前に2点ほど・・・。

わさびーも、もう30代、最近、若いということ、大人ということなどについてよく考えます。
アニメイトなんかにも行っていて思ったんですが、今、アニメ、漫画の人気はほんとすごいですね。わさびーは音楽作家から入って、それから文学の世界に入って行ったので、若いころはアニメ、漫画とかを馬鹿にしていました。最近ですよ、こんなに深入りし始めたのは。

聞くところによると最近の高校生はビートルズの曲を音楽の時間に習うこともなくアニメの曲をやるんだそうです。セーラームーンとかは僕らが小学生の頃に見てたものだけど、今は20代のファッション雑誌とかでコスプレの特集が組まれてたりする。うそんきじゃなくて、けっこうマジなのかよっていう。まあ、そういうセーラームーンとかラブライブとかはお遊びの範疇で楽しんで全然良いことであるんだけれども、今、ファッションの流れとして「大人コーデになりすぎないファッション」ていうのがあるような気がするんだけれども。あと、これは僕がチラッと見た範囲のことだけなのかブログやツイッターで、「大人になりたくない」という文句をチラホラみたような。とりわけ若い女の子は「バカやってたほうが男にウケるし、若くいられる」ということが感覚的にわかってるんじゃ・・・。幼稚なことしてれば若くいられるというのは別に男も思っていることじゃないですか。だって、そうじゃないですか、この国では真面目で成熟していて落ち着いた雰囲気を醸し出していると年寄り扱いされてしまう。横尾忠則さんは、時代は男が活躍する時はもう終わって今は、女時(めどき)の時代にに位置すると言っていますが、せっかく才能のある人が花開こうとしていても、世界的視点で見て次元が低いかもしれない日本ファシズムが足かせになっていてはどうしようもない。かつて谷崎潤一郎が「小さな王国」で描いたように、あるいは美輪明宏さんが著書で「成熟しない子供の国、このままでは日本から大人がいなくなってしまいます」と揶揄しているように事態は深刻なのかそうでもないのか。

それともう一点。以前に五木寛之さんは「今の若者はもっと政治とかについて語れるようじゃないとだめだと思う」とおっしゃっていて、それはテレビに出てくるコメンテーターみたいに傲慢な感じで言及していた感じじゃなかったから僕にはスッと入ってきたけど、今、政治投票権を18歳に引き下げるとかどうとか世の中的にはあるみたいだけど、そんなことして、はたして学生が政治に関心なんてあるんだろうかと思ってしまう。通勤時でも学生、OL、サラリーマンが携帯でゲームしてる時代なのにね(笑)

僕が思うのは政治はもちろん大事な要素かもしれないけど、日常生活を良くしていくのは政治じゃなければならないという必要はないと思う。ニュースや新聞でも毎回絶対トップで上がってくる必要性はない。悪事は見逃しちゃいけないけど。あ、それからギロさん、ちょっと前にソドムとバルトとわさびーさん、と書いて遠まわしに芸人と政治家は紙一重とか、いってたような気がしますけど、僕をかってに政治家みたいに言うのはちょっとやめてもらえませんか。

ぼくはただ掲示板に書き込みしてる通りすがりにすぎません。それか、ここに書き込みするのは自動的に政治家みたいに仕立て上げられるんでしょうか。と、思うのですが、まあ別にそれほど怒っていません。ギロさんどう思われますか?



 

MURAKAMI BLUE

 投稿者:村上わさびー  投稿日:2015年 5月 5日(火)04時45分13秒
  ぎろさん、ありがとうございます!そ、昨晩、そごう近くの場所は行きましたよ。とくにこれといった場所には行ったりしてないんですが、横浜はメロンパンが名物なんでしたっけ?違う店で2個買ってる自分がいました~    母とオシャレな人多いね~、って話たりしてました。

それにしても、横浜は昔から憧れの街でした。僕が初めて横浜を意識したのは三輪ひとみさんという役者さんを知った時だったかな。その彼女が当時所属していた、三輪ミュージックオフィスのホームページに書き込みしていたのは僕です。あのHPに書いてたのは一般人では、僕ぐらいしか書き込みしてなかったんじゃないかなぁ。なんせ、当時ニートだったもんで笑 でも僕は当時、そりゃ、働いてないし、学校も行ってなかったけど、もしかしたら敗者な言い方だとしても、僕は三輪ミュージックオフィスに通っていたって思えてしまう、すごく未来的サイバーパンクな場所でした。それくらい、今でもあんな面白いSNSなかったんじゃないかなぁっていう。

美輪明宏さんの本とかは、当時読んでたけど三輪ひとみさんは同世代ということもあって、霊的なこととか、必然とかって、あ、そうゆうのって本当にあるもんなんだって自然に受け入れる感じで。僕にとって氷室京介さんとか三輪ひとみさんていうのは、ものすごくエモーショナルであったけど水曜どうでしょうとかのTEAM NACKSとかが関わってくると、もっと庶民的な演劇と接点が増すというか、ああ、芸能系の世界って一般と、そんなに隔たりがない空間ってこうゆう感覚なのかなっていうのは三輪さん周辺の世界を知ってからですよね。

で、ここで重要になってくるのが僕がひっかかった、デヴィッド・シルヴィアンのこんな何気ない言葉。

「音楽を仕事にしようなんて思わないで趣味にしておきなさい」きっとこれをもし今読んだアーティストの人がいたら、きっと中途半端でイライラしてくる人もいることでしょう。ですからそのひとは、そうゆうのは駄目なんじゃないですかっていう、プレッシャーを今にもかけてきそう…。

僕の今までの発言を見てて思うのはけっこう、アーティストとかスターの名前を引き合いに出しているのが自分でもわかりますが、もっとわかってきてる部分はアーティストやスターの持っている良質なエキスの部分を日常にそそぎたいということなんですね。あるいは日常と非日常のからみそうでからまない面白いトコロを歩くっていう。でも、これって別にそんなに今の世の中珍しいことじゃないと思う。そりゃ表現する側の人もプロだけどコミュニケートする側との関係性。これからの接点。
芝居を仕事にしてる人、音楽を売っている人、あ、就職してからはなぜかファッションにも興味が湧いてきました笑

僕はぎろさんから聞きたいのはAKBとかのアイドルグループはっていうことについて、社会学的な見地から見て、こういうものだからこうこう、っていう、あの、あまり日常がうごめくような希望のあるものじゃないんですか?笑

まぁ、だから素人と芸能界っていう、隔たりがあるわけですよね。
素人とコンビニで働く店員さんとかの隔たりとはまた違うからぎろさんも本を出してるわけですよね?

僕は以前、京都造芸大に横尾忠則さんの講義を聴講しに行ったけど、その別日程の講義の講師は秋元康さんで、今はどうかわからないけどレギュラーの教授だった気が。
僕としては、こういうことって、ま、そのなんというかそろそろ寝ます笑

あ、ぎろさん、今日、スカイツリー行きますよ、ほなbay fm聴きながら~~
 

おー・とりいそぎ

 投稿者:ギロでございます~  投稿日:2015年 5月 4日(月)23時17分10秒
  わさびーさん、こちらにおいでですか。母の日も近く、親孝行もよいですね~
横浜は長年暮らした地元ですので一通り気に入ってますが、やはり中華街は買い物も食事も楽しめますね~新横からでしたら地下鉄で横浜駅に出て、東口の「そごう」の奥から横浜港遊覧シーバスに乗って海から山下公園に入って、そこから中華街っていうのがお勧め観光コースです。
東京のお勧めだと新宿だの五反田だの(笑)あまりお母さん向きでないところに出没してますが、ま、この際ですからスカイツリーとかですかな、ありきたりですが。
どうぞ楽しい旅を!



http://www005.upp.so-net.ne.jp/guillo/

 

GW!!お母さんと一緒 IN 横浜☆★

 投稿者:村上わさびー  投稿日:2015年 5月 4日(月)15時26分17秒
  どもども~。GW始めは、友達と京都でカラオケ、ウィンドーショッピング、古書巡り、鴨川沿いで誰かの弾き語りをBGMに「お互い昔に比べたら、ほんと真面目に仕事してるよね~」などと飲みながら談話。2日3日は開発されてきている地元をウォーキングしたりして、あー、田舎も変化してんだなーって、おだやかなALL THINGS MUST PASSを感じていました。そして、後半、普段、関西を東奔西走しまくっているので、たまにはと、母と横浜、東京旅行に向けてバスツアーの真最中です!しかし、母が組んだツアー、回りの乗客の高年齢ぶりに危機感を感じています 笑

ぎろさんは休みを満喫しているでしょうか。前から思ってたんですがギロさんのお気に入りの東京横浜の場所、プレイスポットってどこなんですか。こちらは新横浜に2泊するんですが。オススメの場所とかありますかね?
なんか小難しいはなしばかりするのもアレかなぁと思ってたまにはこういうフリにしてみました^_^
 

金字塔 ZIGGY STARDUST そして、船は行く

 投稿者:村上わさびー  投稿日:2015年 4月29日(水)15時36分19秒
  ええ、なんとか元気です。それにしてもギロさんの鋭い審美眼は以前にも増してるようですね。
ほんと、ギロさんの仰ってるとうりテレビという性質上そういう媒体であって、それに対して純真な?(笑)疑問をぶつけてもいみがないんじゃないかなあというのは薄々気付いてました。
ああいうことを書いてしまうのは裏を返せばそれだけ僕はテレビが好きということなのかもしれません。

しかし、実際問題としてSNSなどの発達で今の人達はTVや新聞を以前ほど読まないという側面があるわけですよね?
これはメディアにおける反権力ないし、それこそ不自然な’’何らかの効力’’が今の人達にはそれほど楽しいものでも感動するものでもなくなってきているということではないでしょうか。
もし、報道において、もうそういうのは今の人達は耳を傾けないというジレンマがベテランと若手の間であるとするならばそれはどうなっていくのかということには興味があります。まぁ、でも基本的に色々な人達が居て調和していこうよっていう時代の流れがありますからね。

あ、この件はこれくらいにして・・・・・。

ギロさん、パゾリーニ絡みにしてくれてありがとう(笑)
最近パゾリーニやフェリーニの世界観がいっそう好きになってきましたね。
イタリアって美術館や博物館ひとつとっても国民性がにじみでてる。ああいった天井画や壁画を見ると絵画的プラネタリウム空間といった趣が’’占星術の国’’というかんじで描かれている無数の神格化されたヒトが僕にはSTARに見える。

そのイタリアの持つ占星性と日本の特徴である必然性があわさると、ファンタジーも夢物語では終わらないのではないかという確信めいたものが私には最近みえてきます。

パゾリーニ曰く「ネオリアリズムの主たる特徴はその長いカットにありますが、私は非常に短いショットで撮ります。だから役者達は皆、瞬間を生きている。そして現実をあえて遮断し、ブロックで再構成する」パゾリーニがこの独特な映画手法の構成要素として日本の徳川家康時代の鎖国文化を注入しているか否かは定かではありませんが、日本の中世の様式美を引用しているアーティストは数多く存在します。

デビッド・ボウイはロックミュージックの金字塔ジギー・スターダストのネガとして私の郷里、枚方の枚方伝説を引用していると、わさびーは思います。あの織姫様と彦星様が天の川でラリコッタ~♪という物語ですね。・・・ここで断言しておきますが、みなさんのなかで孤高の芸術家になりたくて何か自分の人生にドラマの要素が欲しいと思ってる方がいたら、おおいに勘違いしてほしい誤解してほしいということです。

ロック界のゴッドファーザー、ルーリードはロミオ・ハド・ジュリエットという曲の中で「コロンブスはアメリカ大陸を発見した」と歌っていますが、彼は「コロンブスがアメリカ大陸を実際発見したかどうかは問題じゃないんだ。こういうことを想像しただけで興奮する」と述べています。

つまり私が言いたいのは人に迷惑さえ掛けなければ事実がどうかはさておき、その何かがあなたにとって必要なメロディーで最高のBGMなら、やはり、夢を見るほうのやり方をおすすめしますということです。

またドラマは伝説なんかよりも日常的でまだ軽そうだから入り込みやすいという人もいるかもしれませんが、伝説・童謡・風習・様式は単なる歴史や原点回帰ということではなくて’’もしかしたら、これから始まるあなたの起源かもしれない’’ということです。まぁ、僕自体も書きながらあんまり意味がわかってませんし、様式とか着物とかからはかけ離れたジャージスタイルなわさびーだけど、知りたい、日常に手繰り寄せたいという欲求はある。でも、そうだからこそシンデレラやジギースターダストは今でも売れているんでしょうしね。

そうそう、それから去年、梅田で、シンガーソングライターのスザンヌ・ベガのライブにいきました。ルーリード亡き今、ニューヨークの吟遊詩人というスタイルは彼女にバトンタッチされていると思っています。あの気取らなくてガツガツしてない感じ良いですね。・・・う~ん、お父さんボク優しい女の人がいい(^◇^)「WORLD BEFORE COLUMBUSを歌って!」と会場に居たスペイン系の観客にリクエストされて歌ってくれていました。

最後にフェデリコフェリーニは著書 「フェリーニ映画を語る」の中で「映画監督を目指す者に言及することなど特にない。映画は理論ではない。もし私の映画に卓越した視座で歩み寄って来る人物達がいるなら、海賊でもかまわない」・・・ってそんなONE PIECEみたいなことあるわきゃないよ、もうすぐ夏なのに寒いよ(笑)という人達とは皆さんはお付き合いを控えて、しばしこれから、コロンブスと村上水軍のシンクロニシティーに耳をかたむけていただきたい。


 

ソドムとバルトとわさびーさん

 投稿者:ギロでございます~  投稿日:2015年 3月31日(火)21時48分6秒
  わさびーさん、ちょいご無沙汰でした。お元気そうですね~
下の書き込み、話題が豊富でしばらくいろいろ考えてましたが、せっかくですので
パゾリーニ絡みで始めてみましたら(笑)上のようなタイトルとなりました。
ソドムに関する拙文にも引用しましたが、ロラン・バルトがサドの原作に関して
「権力者にあって犠牲者にないもの、それは言葉・発話である」と述べています。
この情報過多の時代、世はテレビやネットを通じた「言ったもん勝ち」時代になりました。
そこで発言・狂言・曲芸を繰り広げる方々は、常になんらかの「権力行使」…とまでは
いかなくても「示威行動」ないしは「言説的パフォーマンス」を披露しているのでしょう。
無論、発話者や内容によって、この効果、権力的コンテクストの濃淡は当然に異なりますが
テレビによる「額縁効果」(=権威づけ)はいまだ有効なんだろうと思います。
そして世のタブロイド思考の進まりも恐るべし、ですね。



お書きの「傲慢なテンション」を振りかざす方々が誰かは分かりませんが
彼らはただそういう「芸風」の発話芸人である、ということじゃないでしょうか?
「言説芸人」であるか否かは、彼らの主張が、彼らの所有する生命や財産ないし
社会制度的に彼らに付与された立場・ポジションをもってして実現可能なのか否か、
彼ら自身において自らの言葉に(知的責任も含めて)責任を持てるのか否か、
という見方がひとつの判断材料となるんじゃないでしょうか?
(ここで政治家と芸人とがいつも紙一重であることは置いときますが・笑)
また、今ある種の権威主義的な「芸風」が流行っているのだとすれば、それは大衆の側に
そういうマゾ的な?嗜好性が普及しているから、ということもあるんでしょうね。
ちなみに、わたしは「芸人」なる表現でなにか彼らを貶めるつもりはまったくありません。
大衆(=言説消費者)にとり、ひとときの気晴らしをさせてくれる人間は必要な存在だろう
と思います。それ以上でもそれ以下でもないです。
しかし、わたしにとって権威主義的芸風芸人による言説芸はロクな気晴らしにならないので
テレビでもネットでもさして見ておりません。
意識や想像力・感受性の持ち方や拡張の仕方によって「普通」でもエラく面白くなりますし
どんなに奇抜な芸でも底の透けて見える浅ましいものにもなりますし。
先日の報ステ放送事故も一種の大衆向けの曲芸でしたが、見苦しかったです(笑)。
しかし路上に潰れているカエルの姿を面白がる感受性もアリだ、とは思います。



わさびーさんお書きの
「上の世代の人達が不自然に作り出す、競争意識」
「今の時代に無理に作り出す必要があるのか」というご指摘には、なるほど、
時代の気分・空気感には、今、そういうものもあるのか~と思いました。
バブル以降かまびすしい「癒し」ブームがあり、震災後は例の「絆」とかいった、
一見、神話的なまでに親和的(笑)な空気感の醸成が積み上げられている世の中ですし、
そのなかで男性の草食化といった軟弱志向?も市民権を得てきた今日この頃、しかし
世の一部には無理やり醸し出される競争意識というものもあるんでしょうね。
それを感じる理由、典拠は、具体的にはどういうものなんですか?
ブラック企業の一人店長とか(今年は変わってきたようですが)ここ数か年の就活生たちに
対する資本・企業社会からの叱咤激励や指導という形を借りた、奴隷根性の叩きこみ、
とかいったものもその表れなんでしょうか?
とかく世の中は矛盾と混沌に満ちていて、それを白面で観察することが
わたしにとっては最高に面白いことのひとつです。



生まれた時代との関係について言えば、わたしの場合、物心ついた70年代は
不況や汚職や虚飾やらが横行しつつ、高度資本主義化が加速していった時代であり、
かつネットやAVが登場する以前の、人間にとって最後の生身感覚時代?(笑)でした。
そのせいでわたしは、現在の、いわれなき空気感や口先だけのコトバや浅ましい言説芸などが
容易にネットで横行し先行する、またお茶の間や勉強部屋で日常的に変態行為映像が
見られるような今の世相に対して、ニヒリスティックな眼差しを向けてしまいがちです。
『生身の重さを背負ったホンモノってやつは、こんなハンパモンとは違うよね~』
といった感覚が、いつもわたしのどこかしらにはあります。
この思いが、おせっかいにも、今の30代くらいの人達へ過度に向けられてしまうと、
いわゆるSM的行為(笑)の一翼を担ってしまうのかも?・・
こういう文脈で考えるなら、わたしは明らかにネット以前に物心ついた世代と感覚を
共有している、と言えるでしょう。



生まれた時からツイッターやSNSや素人ブログなどを通じてトレーサビリティも不明な
怪しいコトバたちに取り巻かれて育っていくこれからの世代は、おそらく過去の世代とは
趣の異なる文化、面白さの追求、責任なるもの…etcを作っていくでしょう。
今でもすでに「言ったもん勝ち」が「普通は面白くない、真面目じゃつまらん」と公言し
「所詮コトバなんだから無責任でいいんだ、その方がウケるし金になる」と目的意識を持ち
世間からはその程度にもてはやされ、すぐに消えていく・消費サイクルが極めて速い、
そんな世の中になっていることを、数年前、小説に書いて本にしたのですが、
わたしはその本のなかでも別段、それを否定したつもりはありません。
イスラム国的なあり方とはまた別の、平和ボケに積極的な価値を追求するようなやりかたで
ポスト近代を志向する可能性がここにあるのではないか、と思っています~


http://www005.upp.so-net.ne.jp/guillo/

 

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