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全96件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 

宴のワイン

 投稿者:ゾシモス  投稿日:2009年 6月 4日(木)12時01分8秒
   最近、『ソドムの市』を見直して気が付いたのですが、宴会の席のテーブルに並べられているワインにドイツの国営醸造所が製造していた銘酒『シュタインベルガー』があるのに気が付きました。独特の形をした瓶とその色いい、ラベルといい、確かに『シュタインベルガー』のようです。このワインはナチス・ドイツ政権下でドイツの象徴的ワインとして持て囃されたワインですからパゾリーニはそのような意味も込めたのだと思いました。小道具もかなり凝っていると改めて感じさせられました。  

はじめまして

 投稿者:カーラビンカ  投稿日:2009年 6月 3日(水)09時25分55秒
  こんにちは。貴重なパゾリーニの資料が豊富なサイトで、とても勉強になります。
私もパゾリーニが好きで、特に映画「王女メディア」は前から自分なりのレビューを書いてみたいと思っていた作品でしたが、パゾリーニのすごさを考えると、ずーっと躊躇していた状態でした。先日、やっと思い切って書いた際、こちらのサイトでの情報をいろいろ参考にさせていただきました。

パゾリーニについては、底知れない奥深さを持つ芸術家として興味が尽きませんので、また何かの折に参考にさせていただくこともあると思います。管理人様の新たな考察も、楽しみにしております。
まずはご挨拶とお礼でした。

http://karavinka.at.webry.info/200906/article_1.html

 

続・荒野の七人

 投稿者:蟷螂の斧  投稿日:2009年 3月30日(月)15時48分7秒
  初めまして。蟷螂の斧と申します。
さて、このサイトの「続・荒野の七人」に対する感想、大変面白かったです。彼らは何の為にあの村に集まったのかわからずに闘っている。そこがまたマニアには応えられません。
約10年前にビデオ録画した日本語版を昨日DVDにダビングして久しぶりに見ました。
再会したクリスとヴィン。
ヴィン「あんたに懸賞金が懸かってるぜ。」クリス「いくらだ。」
ヴィン「500だ。」クリス「ドルか?」
ヴィン「ペソだよ。」クリス「・・・・・・・。」
あれはクリスの価値が下がったと言いたいのでしょうか?でもいずれそれもヴィンがクリスと一緒に仕事したいが為の嘘だとヴィン自身が告白します。ヴィン自身も「俺がここに来たのは村人を助けるためか?人を殺したいのか?」と悩んでいる。
まあ、いいじゃないですか。親友クリスと一緒に仕事ができたのだから。
 

フェリーニにインテルビスタ!

 投稿者:wasa-b  投稿日:2009年 3月15日(日)14時17分32秒
  お久しぶりです。
前回になにやら私が難しいことを言おうとして失敗していますが、
これに関する答え??がフェデリコフェリーニの「女の都」という映画で描かれていて、
興味深かったです。難しすぎて??理解するのにスッと入りにくいので、
まだ全部は見ていませんが、いやぁフェリーニっていいですねぇ。

フェリーニはユングとかに傾倒していたらしくその傾向がこの映画に現われたのかもしれません。

ギロさんはフェリーニの映画なんかはお好きなんですか?
私は「サテリコン」「ローマ」「インテルビスタ」「ボイス・オブ・ムーン」
なんかが好きですね。インテルビスタなんかはフェリーニの人間味が出ていたり彼の映画の種明かしなんかが展開されていて興味深いですね。

フェリーニは黒澤映画を愛していて、日本という国にも魅力を感じていたらしく
日本語でインタビューに相当する言葉を探してみたがなかったので
仕方なくイタリア語でインテルビスタにしちゃったなんてエピソードもありますね。

私はインタビューものが好きなんですよ。雑誌のインタビュー記事とか。
そういえばパゾリーニがある記者のインタビューに答えていて
「今、僕たちがこうして会話している間に地下で誰かが僕たちを滅ぼそうと企んでいたら
ものすごく興奮するじゃないか!」とインタビューで答えていた本を奈良の本屋で立ち読みしたことがあるのを思い出しました。
パゾリーニは何を言ってやがるんでしょうね〜。
そんなこといってるからミステリーな死を迎えてしまうんとちゃうかしらっ。

それにしてもこのサロンは居心地が良いですね〜。
書きたいときに書き、書きたくなければ書かなくてもいい。
ギロさん、私はね、もし私がパゾリーニとしたらギロさんはロンギ師のような感じで
会話ができていったら面白いなあ〜と思っているんですよ。ええ。
 

はじめまして

 投稿者:totototk  投稿日:2008年 9月30日(火)19時42分33秒
  あるSM嬢との出会いから、学生時代に名画座で見た「ソドムの市」を思い出し、
ネットで検索していて、こちらにたどり着きました。
映画を見たのは30年近く前ですが、レナータ・モア嬢の例のシーンは強烈で、
未だにあれほどの興奮を与えてくれる映像にはお目にかかれていません。
ギロさんこんなすばらしいページをありがとう。ページの更新期待しています。
 

続・ジェンダー

 投稿者:wasa-b  投稿日:2008年 9月10日(水)00時16分46秒
  あと、レディース・デイなるものも、なんとなく納得いきません。
あれは女性の方が儲けが少ないからなのでしょうが・・・うーん、ジェンダ〜。

ギロさんに男と女がうまく共存していけるようにするにはどうすればいいか?
と問うとしたら、プレカリアート問題でおっしゃっていた「自己の存在意義とアイデンティティを常に獲得すべく日夜努力しなくちゃならないものなんじゃないかと、わたしは思うんですよ」みたいな概念がかえってくるんでしょうか。

ギロさんは既婚者だそうですし男女間の問題も幾多か乗り越えてきているはず。

そういえば話は変わるんですがギロさんはソドムの市のあるシーンの中で
「父性性を感じる」とおっしゃっていたようなきがするんですが
あれはどのシーンだったか確かそういったことが書かれていたように思うんですが
あれだってジェンダー。

まあ、そういうジェンダーな問題も踏まえつつ、
そろそろこの21世紀、ギロさんの「ソドムの市新論」なんかをうかがってみたいですね。
どうですかギロさん、ギロさんとしてはソドムの市に関して言いたいことは、
もう全部あのページで言われたわけですか。新たに発見した思うところなどは
もうないわけですか。

プレカリアートのトコでギロさんの近代思想はちょびっと伺ったわけですが、
もっと聞いてみたい気もするジェンダー♪
 

パゾリーニ映画におけるジェンダー学

 投稿者:wasa-b  投稿日:2008年 9月 3日(水)00時53分50秒
  ギロさん、パゾリーニ映画におけるジェンダーなんかはどうですか。
ラウラ・アントネッリとか言った後にジェンダーだなんてアレですが・・・。

最初に男女の性差についてパゾリーニが語りだしたのは「愛の集会」
あたりからだと思うのですが。

美輪明宏さんがラジオで言ってたんですが、「欧米はレディーファーストで
男女の問題もものすごく進んで見えるけど、それはうわべだけで、
実はものすんごい男尊女卑!つまり古代国家が生きてるんですよ。今だに。
だから日本なんかは欧米に比べてずっと自由(性差が)なんですけどね。」
なんておっしゃっていました。

欧米は建築物なんかも古代からのものが多く残っていますし、
日本なんかはほとんど近代化している。こういう建築物ひとつとってみても
その国の思想が現れているんでしょうか。

ソドムの市でレナータ・モアちゃんと少年が二人っきりにされるシーンがありますね。
ところが二人の愛撫が濃厚になりだすと「いかん!」と権力者とオバちゃんが出てきて
モアちゃんにはおばちゃん、少年には権力者が局部をいじりだして
「女になりました」「男になりました」だなんて「不自然」なシーンがあります。

これはパゾリーニの思想「私は自然らしさを愛していませんし、正しいとも思っていません。ですから避けているのです。」のあらわれでしょうか?

また後で気づいたんですがソドムの市で繰り広げられる残酷な遊戯はすべて
「語り婆が語った後に」それを聞いた権力者たちが「実行に移す」
んですよね?ここらへんももしかして男女における問題とかあるんでしょうか。
ギロさん、どう思われますか。

私なんかがジェンダーを語るよりギロさんの方が説得力があると思いますので。
 

夏休みスペシャル〜ありがとうモンギロ&あの人は今〜

 投稿者:wasa-b  投稿日:2008年 8月15日(金)01時04分37秒
  はい、ギロさん、プレカリアートに関するお答えありがとうございました。

そもそも約8年前のこのサイト、モンドギロテスコを私が訪れた理由は
TSUTAYAで借りてきたソドムの市を観て私は「こんな映画つくった奴アホじゃい!!」
という恐怖に近い怒りを覚えてしまい。その夜のご飯も不快な気分でたいらげ、

「この不快な気分をどうしたものか」とワナワナ気分だった自分を落ち着かせるため
ネット検索してたどり着いたのがこのサイトなのでありました。
したら、このサイトは勉強したくなるほど深い考察でパゾリーニについて書かれてある。

このサイトを発見した私はこの監督パゾリーニに対する不信感を拭い去ることができ、
いつのまにか不信感は尊敬にまで変わっていったのでした。
そういう意味ではソドムの市から入るパゾリーニファンは多いはずですが、
私と同じような感覚を味わった人達はこのサイトに救われた人も多いはず。ホントに。

誰かが言ってたんですが、あるアーティストの一番はじめに触れた作品が、
その人にとっての最高傑作になる。ってなことを読んだ記憶があって、
そういう意味ではいきなりソドムの市が後々見ることになるテオレマやらアポロンの地獄
よりダントツの思い出映画トップになるのではないでしょうか。

私は、ビートルズのアルバムではLET IT BEを一番はじめに聴いたんですが、
ビートルマニアの間では評価の低いこの作品も私にとっては思い出味わい深いのだっ。
ま、ソドムの市と対比する話でもないか・・・

あんまりソドムの市、ソドムの市とか言いすぎるのも「こいつ好きモノだなあ〜」
と私の人格が疑われてしまう危険があるので気をつけないとね。
でも好きだなあーソドムの市。頽廃美の極致みたいな作品。
ソドムの市は今までで通算2回観てるんですが、3回目がみてみたい。
DVDで見たことがないので3回目は是非DVDで観てみたいものだ。

さて、プレカリート問題について語ってくださって本当にありがとうございました。
ギロさんの文章表現は時に観念的、今回は具体的、またあるときはポエジックと、
文章に飛躍がありますね。私なんか足元にもおよばない。
特に今回のプレカリ問題はアホアホな私にも分かり易かった。
早い・安い・うまいという名のベルトコンベアーを流れる寿司ネタに
我々はすぎないわけですね?うはは。いいんだ。だいたいそんなかんじだ。

さて夏休み、真っただ中これだけじゃ、なにか口寂しい。

そこで私は、あの人は今〜ラウラ・アントネッリ〜なる企画を立ち上げたいと思います。
私の理想の女性としてラウラ・アントネッリはいつも頭の片隅におりました。
「青い青春」などのエロチック女優を演じたかと思えば「イノセント」で魅せた
演技センス。うん、あの映画もどことなく頽廃・・・

7年ほど前、あるイタリア人とチャットしていて。「ラウラ・アントネッリは、
いま活動してるの?」と聞いたところ「皮膚病にかかっていてリハビリ中だ」とか
かたっていたような。ラウラアントネッリの正しい活動状況を知ってる人求む。

う〜んギロさんはラウラ・アントネッリよりシルヴァ・コシナ派なんでしょうね(笑)
 

ラリアート♪

 投稿者:ギロでございます  投稿日:2008年 8月 6日(水)22時51分49秒
  はいはいwasa-bさん、いつもどうも。占拠していただいても構いませんよ〜(笑)

そもそも10年前のネット草創期、わたしがサイトを始めた頃、巷には「ホームページ作成の手引き」みたいなハウツー本がありまして、「bbs・掲示板」と「ゲストブック」の違いについて、前者はサイトに関係する色々な情報を管理者・訪問者が掲載しあうもの、後者は訪問者がサイト内容の感想ほかについて自由に書き残すもの、なんて紹介があったものです。
ものぐさなわたしはゲストブックでいいや、と思ってそうした次第。

「プレカリアート」なる語彙はマル経文脈(プロレタリアート)によらずにプアな労働者等を表現するには便利な用語ですが、わたしとしてはあんまり・馴染みたい概念・とは言えないですねー

なるほど、最近の労働問題を語るうえで便利な?この概念ですが、存在論的に言えば人間は常に不安定な存在でありまして、自己の存在意義とアイデンティティを常に獲得すべく日夜努力しなくちゃならないものなんじゃないかと、わたしは思うんですよ。人はみなシジフォス。実存主義的な言い方になってしまいますが。

話を労働問題に限定しても、そもそも資本側にとって労働力は安ければ安いほど良いわけですから、そのためにはわざわざ「正社員」なんていう囲い込みはしない、終身雇用なんてムダ! 流動する労働力のなかから「早い・安い・うまい」やつをその日のニーズに合わせて量を調節しながら使う、というのが利潤追求にはピッタリくるわけですね。
すると個人の技能蓄積とかロイヤリティなんかは二の次、なぜって現代企業において仕事の大半は機械化され平準化され、人的資源は常に取替え可能状態に置かれていますから。そして企業は役に立つものしか使わないのです。

大企業の場合でも社長が「社員は悪くありません」なんて泣いて倒産したケースもありましたね。グローバリズムの蔓延した現在、経済情勢はかつてなく流動的で、したがって生産手段を自己のものとして持たずに労働力としてのみ存在する人間は、フリーター・大企業会社員を問わず、誰もが不安定なのだとも言えるでしょう。

wasa-bさんは「アッカトーネ」と「ソドムの市」を引かれてますが、この点については「ロゴパグ」でオーソン・ウェルズが、取材に来た新聞記者に向かって次のように言ってます。
「君がここで死ねば映画のいい宣伝になるだろう・・この映画のプロデューサーは、君の新聞のオーナーでもあるのだ。オーナーというものは、役に立つモノしか雇わないぞ」
資本家は役に立つ奴の存在しか認めない・・もしもそいつが死んだら、その死さえも商機に使う。ま、これはわざわざパゾリーニが言わなくても一種の真理ですね。

あさま山荘事件の諸君がなにやら期待しているとのことですが、なるほど、昨今は確かにフリーター問題、プレカリアート問題がかまびすしいようです。
蟹工船ブームも面白い現象です。
すでに漫画版「蟹工船」が出ているようですが、こうした事象に対してわたしが思うのは、まあ、出版業界・漫画業界は低所得な若者たち(=読者?)に対してうまい商売をしかけたな、ということです。小林多喜二のあの文体はひょっとしたら最近のネット文体、ケータイ小説に近いものがあるのかもしれませんが。
私見では、そのうちゲーム業界がサバイバルRPG「蟹工船ゲーム」を売り出すんではないかなーと(笑)
これは自虐的なお笑い路線にも便乗できるんではないでしょうか?

というわけで、飛躍するようですが、プレカリアート問題は今後とも、完全に解決はしないし完全に爆発もしない、ある一定幅のなかで安全に取り扱われ、そして商売のタネにされることでしょう。
それと、聞き慣れない、新しい社会的な概念が流通しはじめる時、それが本当に新しく重要な概念なのかどうか、よく吟味する必要がありますね。
中年太りをメタボと言い換えることにより、健康・医療産業はどれだけ儲かったのか?
それと似たような機運を、わたしはプレカリアートなる語彙にも感じています。もっともメタボよりは親しみの湧かない概念ではありますが(笑)
 

プレカリアート

 投稿者:wasa-b  投稿日:2008年 7月30日(水)00時51分58秒
  ギロさんは、「プレカリアート」、という言葉を知ってらっしゃいますか?
「不安定な」(英precarious、伊precario)という形容詞に由来する語句で、
新自由主義経済下の不安定な雇用・労働状況における、
非正規雇用者および失業者を総称する言葉。
国籍・年齢・婚姻関係に制限されることなくパートタイマー、アルバイト、
フリーター、派遣労働者、契約社員、委託労働者、移住労働者、失業者、ニート等を包括する。主に「負け組」とも呼ばれているらしいです。

あと、ネットカフェ難民とかも指すんでしょうね。
働いても食っていけないような人達とか。
そういう意味では、「アッカトーネ」なんかはパゾリーニなりに
プレカリアート・・当時はプロレタリアートかな?
の問題を追求した作品なんじゃないでしょうか。

大島渚監督は「わかりやすく言うと貧乏映画ですよ。」的な
ことを言ってたような気がしますが。アッカトーネって当時の
イタリア労働者階級の貧困の現実を描いたものなんじゃないだろうか。
いや、未来も?

さて、「アッカトーネ」と「ソドムの市」に共通することってあるんじゃないでしょうか。
ソドムの市なんかは資本家が労働者階級からエグい方法で利益を搾取している、
なんていうふうにも見てとれます。

そんな世の中じゃ負け組やらニートとかでてきてもおかしくない、
むしろ正常なんじゃないかとも思えてきます。
・・というかその、負け組、ニート達でさえ犠牲者なのではないでしょうか。

この前見たニュースで「あさま山荘事件」をおこしたメンバーの一人が、
「当時は僕たちなりにああやって社会に問題定義していた。今の人たちも
プレカリアートとかなんとかあるので怒る若者とか出てくる時期なんじゃないか。」
と言ってるのを拝見しました。

どうですか、ギロさん、このプレカリアート問題どう思われますか?
そろそろ誰か出てきてくれませんと、
僕が一人で掲示板を占拠してるみたいに思われちゃうので・・・
 

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