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パゾリーニ映画におけるジェンダー学

 投稿者:wasa-b  投稿日:2008年 9月 3日(水)00時53分50秒
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  ギロさん、パゾリーニ映画におけるジェンダーなんかはどうですか。
ラウラ・アントネッリとか言った後にジェンダーだなんてアレですが・・・。

最初に男女の性差についてパゾリーニが語りだしたのは「愛の集会」
あたりからだと思うのですが。

美輪明宏さんがラジオで言ってたんですが、「欧米はレディーファーストで
男女の問題もものすごく進んで見えるけど、それはうわべだけで、
実はものすんごい男尊女卑!つまり古代国家が生きてるんですよ。今だに。
だから日本なんかは欧米に比べてずっと自由(性差が)なんですけどね。」
なんておっしゃっていました。

欧米は建築物なんかも古代からのものが多く残っていますし、
日本なんかはほとんど近代化している。こういう建築物ひとつとってみても
その国の思想が現れているんでしょうか。

ソドムの市でレナータ・モアちゃんと少年が二人っきりにされるシーンがありますね。
ところが二人の愛撫が濃厚になりだすと「いかん!」と権力者とオバちゃんが出てきて
モアちゃんにはおばちゃん、少年には権力者が局部をいじりだして
「女になりました」「男になりました」だなんて「不自然」なシーンがあります。

これはパゾリーニの思想「私は自然らしさを愛していませんし、正しいとも思っていません。ですから避けているのです。」のあらわれでしょうか?

また後で気づいたんですがソドムの市で繰り広げられる残酷な遊戯はすべて
「語り婆が語った後に」それを聞いた権力者たちが「実行に移す」
んですよね?ここらへんももしかして男女における問題とかあるんでしょうか。
ギロさん、どう思われますか。

私なんかがジェンダーを語るよりギロさんの方が説得力があると思いますので。
 
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